
2024-25シーズンで引退をした近賀ゆかりと、WEリーグ理事の海堀あゆみが対談。
2025年5月4日、サンフレッチェ広島レジーナのホーム最終戦に行われた引退セレモニーの話から、2人が感じている日本の女子サッカーの現在と未来について、熱く語り合ってもらった。(取材日:2025年6月6日)
近賀さん、現役生活お疲れさまでした。まずは、5月4日のホームでの引退セレモニーについてお2人に伺いたいと思うのですが、あのセレモニーは近賀さんが女子サッカーに対してこれまでやってきたことが、みんなを動かしたのではないかと思います。
海堀それはすごくわかる。WEリーグがはじまり、レジーナが立ち上がって近賀さんが1年1年積み重ねてやってきてくれた意味は大きかったんだなと、最後の最後にすごくいいものを見せてもらえて、これからの女子サッカーの未来が見えたようですごく嬉しかったです。サッカーにかかわっている幸せって、こういうことだったんだって思いましたね。
近賀本当に感謝しています。自分のセレモニーではありますが、客観視すると、あそこには今まで自分たちが大事にしていたもの、女子サッカーのいいところが詰まっていたなって感じました。全クラブの人たちが協力してくれて成り立ったセレモニーでしたし、女子サッカーを盛り上げたいと思っているのは、代表の選手だけではなくてみんなにあって、それがああいう形にもなったと思います。
海堀近賀さんのような選手が後輩に大切なものを繋いでいくんだなと、本当に感謝しています。これを続けていけたら、日本の女子サッカーの未来は間違いないと思えましたし、こんなにすごい選手がいたことをみんなに知ってほしいなって思いました。

近賀あの日会場に来てくださった方々からは、あのセレモニーが本当に良かったって言ってくださる方も多かったんです。女子サッカーを初めて見に来た人は、背景を知らないし、意味わからないじゃないですか。それでも涙が出てきたっていうのは、そこに何かが詰まっているからだと思うのです。あとはあの日、1万人入ったというのは、レジーナでいえば、その前に2万人以上入っている試合があって、日本の女子サッカーもやれるっていうことを見せられたと思うんですよね。
海堀それはリーグにとっても大きな価値や可能性を感じることが出来ました。
近賀正直、WEリーグ始まってからこれまで危機感のほうが大きすぎて、「どうしたらいいんだろう」っていう空気が全体にあった。自分もあったし、だけど今シーズンのレジーナの2万人の集客を達成して、ホーム最終戦の1万人っていうのを見れば、「やれるじゃん」っていう光が見えました。あの集客を見た他のクラブの選手たちには、「すごい!自分たちもそうしたい」という思いがあったみたいで、それもまたよかったなって思いましたね。引退する最後に、女子サッカー、WEリーグの光が見えたし、今後とても明るい未来が開けるんじゃないかって思えました。2011年にFIFA女子ワールドカップドイツで優勝したときに、一度光ったのに、その後何もしなかったから、その光が暗くなってしまったという経験があるので、今こそ伸ばしていかないといけないなって強く思います。
海堀本当に、その言葉がぴったりです。私も4シーズン関わらせてもらっている中で、「どうしたらいいんだろう」とか、リーグの中にいて、皆さん頑張ってくれている中で、全然できていない自分に対しても思うこともすごくあったし、自分にできるのか常に葛藤していますが、救われた感じがしました。未来も見えたし、あそこにいた人、みんな愛にあふれていた。あったかかったんですよ、あの日。やっぱりやることに意味があったり、積み上げてきたことの結果だと思うので、これからみんなで学ばなくてはいけないものがありました。このままじゃなくて、これからかかわる皆さんで光り続けていけるようにしないといけないなってすごく感じたし、ずっとそこにい続けたい、この空気に包まれていたいって思いました。
レジーナは、3月8日に「自由すぎる女王の大祭典」と銘打って、
1万人プロジェクトに取り組み、その結果、20,156人を集めました。
海堀これは本当にすごかったですね。あの段階での、WEリーグの最多入場者数を記録しました。
近賀たしかにあのプロジェクトは、選手がリアルに動いていたんです。ただ、その点でいうと、私自身、正直に言うと、そこには2つ気持ちがあるんです。ひとつは、やっぱりクラブを盛り上げる、入場者数を増やすことに、選手も関わらなくちゃいけない、責任をもたなければいけないなということ。もう一方は、サッカー選手として、ここまでフロント業務みたいなところに力を注いでいいものなのかという思いです。そんな中で、レジーナの選手たちがすごいなって思ったのは、みんな嫌な顔をせず、自分たち主体で動いていて、それって新時代だなって思ったんです。他から頼まれたのではなく、自分たちで考えて、自分たちで行動しているから面倒くさがっている選手がいなくて、みんな協力的にやっていて、サッカー以外のところでそれだけ力を注げるって、この子達すごいな、新時代だなって思いながら見ていました。でも、もしかしたらそれがレジーナの良さなのかもしれないですね。それに、選手が本当に動いていたから応援しようと思ったっていう声もあって、それが結果につながったこともある。あとは、リーグも協力してくれたし、クラブも本気でやってくれた。お金もかけてくれたと思うけど、それだけ返ってくるものもあったと思います。みんなが力を注いだからこそ出た結果だったと思います。だから、入場者数にすごく敏感になっていますよね。
海堀その意識はすごく大切ですし、ありがたいことですね。その後、5月6日にジェフが国立で開催した試合では26,605人が入ってくれました。
近賀私はそれもすごいなって思ったんですが、一方で、レジーナの選手たちはそれを悔しがっていたんです。記録が抜かれちゃって「なんか悔しいよ!」って。それってめちゃくちゃ高いレベルでのいい意識につながっているのが、「いいじゃん!」って思えましたね。選手として、入場者数に対する意識をもつことがスタンダードになればいいのではないでしょうか。でも今後を考えると、同じやり方でやっても意味がないので、クラブも選手も、もっとやらなくちゃいけないこともあるし、結構大変なことだなとは思います。
海堀2024₋25シーズンのレジーナはホーム戦の平均入場者数も5,000人を超えていますが、これはWEリーグにとっても初めてのことでした。
近賀それはスタジアムの効果も大きいと思うんですけど、これが本当にあと何年続くかというところに目を向けていかないといけないと思いますね。だけど2万人入った事実は、自分たちも出来るんだということを証明できたと思いますね。今まで行っていないところにアプローチしたし、初めて女子サッカーを見に来てくれた人もおおかった。それは、とにかく選手たちが自主的に動いた結果ではあります。

海堀レジーナは選手とクラブが協力しながら、半年以上も前から周到に準備をされていたと感じましたし、詳細を聞けば聞くほど、本当に様々なことを考えながら進めてこられたんだと思いました。広島はプロスポーツに熱い土地であったり、スタジアムの魅力といった要素なども含めて、このような結果に繋がったと思います。ただし各クラブによって特性は違うので、それぞれでの落とし込み方は考えていく必要があると思います。
近賀レジーナの選手たちは、来シーズンからは、観客が5,000人を切ったりすると、危機感になってくると思うんです。選手によっては、何かしなくちゃって思う選手も出てくるくらいじゃないかな。それと、私がすごいなって思っているのは、レジーナは、初年度から、選手が入場者数に目を向けるように意識づけていたんです。私がオファーをもらった時も、そこの話をされました。それが4シーズン目に実現したのは、それはクラブのすごさだなって思いました。たぶん1年目に1万人プロジェクトをやっても成功しなかったと思うんですよ。だんだん選手の意識が変わっていった。これは1個のイベントじゃなく、4シーズンかけた大きなプロジェクトが実を結んだ。クラブが提案したことに選手の意識が乗っていたから、「よし、自分たちがやろう」となったんだと思っています。
海堀他のことにも当てはまると思っているんですけど、レジーナはクラブ強化や競技面、社会的な面でも同じように、しっかりとしたビジョンや計画を持って取り組まれている印象を受けています。今のレジーナがあるのも、近賀さんや福ちゃん(福元美穂)のような経験のあるベテラン選手がいたことも大きな要素だったと思いませんか?
近賀いや、私は何かを特別にやってきたとかはないんです。ただ、チーム1年目は、それまでトップリーグにいなかった子たちも入ってきているし、大卒の子も、高卒の子もいますよね。そういう子たちは、まだプロとしてどうあるべきか、みたいなところはわからないじゃないですか。これでお金をもらうということは、結果がすべて、契約満了になるのも隣あわせだということというのは、1年目の選手たちにとっては、まだそれがリアルには感じられないだろうし、それってしょうがないことだと思うんですね。だけど、プロならば、勝たなければいけない、絶対結果をださなくてはいけないう意識は、私たち二人は持っていました。日ごろの練習からも、これは勝てる練習なのか?と意識して、示せていたのかもしれません。そうしていくうちに、選手たちも成長し、リーグカップ戦の優勝という結果がついてきて、自分たちもできるんだという自信は持てたことは大きな成果でした。たしかに4年でそこまでもっていけたのは、すごいなって思います。
今後のWEリーグ、女子サッカーの未来をお2人はどう考えていますか?

近賀たぶん、レジーナにかかわっていきながら、これからはリーグ全体のことも考えていかなくちゃいけないと思っています。クラブごとに、違いはあると思うので、そのクラブの特徴、地域の特性を知って、それをいかしたアプローチをリーグとしてやっていくような作業をやってみたいなってイメージをしています。
海堀私は選手としてはWEリーグを経験していませんが、今はリーグの一員として感じるのは、現役の選手が色々考えて引っ張ってくれることは、女子サッカー界にとって意味があると思っています。ワールドカップを優勝した私たちだからこそ、やらなくてはならないことはたくさんあると思うし、近賀さんは世界の様々なリーグでプレーしてきた経験もあって視野も広いと思うので、これからもWEリーグの発展のために力を貸してほしいです。
近賀それと、WEリーグのクラブは、AFC女子チャンピオンズリーグ(AWCL)は絶対に獲らなくちゃいけないなって思います。女子のクラブワールドカップも始まるし、世界に日本のサッカーの名をしていくためには、まずアジアは絶対だなって思うし、日本はタイトルを獲らなくちゃいけないレベルにいると思うので、そこはマストですよね。あとは、こういうレジーナが2万人、1万人入ったりしたことも、ヨーロッパなどの女子チームの観客の多さのニュースは入ってきていたように、レジーナに1万人、2万人と観客が入ったことももっと知ってもらいたいです。アジアにもこういうリーグがあるということを知ってもらいたいし、そういうものをかっこいい形で見せてどんどん外に出していってほしいなって、そうしたらWEリーグに来たいなって思ってくれる選手も増えると思います。
海堀そうですね。昨年始まったAWCLや、これから始まるFIFA女子クラブワールドカップというのは、クラブや選手はもちろん、応援してくださる皆さんのモチベーションに繋がると思います。今までは、世界と戦うには代表を応援するしかなかった。でもこれからは、普段応援しているクラブや選手が世界と対戦して優勝をつかむことで、日本のWEリーグという存在だったり価値を示していけると思います。これは日本の女子サッカー界にとっても大きな可能性だと思うので、皆さんと盛り上げていきたいですし、一緒に頑張っていきたいという気持ちです。
近賀子どもたちの未来についても考えたいです。私は、中学生の時に初めてサッカーでアメリカに行ったんですけど、その時、バスの窓から公園で女の子たちがサッカーをしていた姿があって衝撃的だった。私が小学生の頃は、女の子のサッカーとかなかったし、珍しいことだった。でも、そこでは、女の子たちが日常としてサッカーをしている姿があった。いつか日本もこうなったらいいなっていうのが、ずーっと心の中にあったんです。ここ数年、テレビでも、女の子がサッカーをしているシーンもたまに見るようになってきて、すごいことだなって思っていたんですね。そうしたら、たまたま昨日、広島の公園で、お父さんとお母さんと、女の子がサッカーをしている姿を見つけて、「こんな時が来たのか!思い描いていたことって起こるんだ」って思ったんです。今、女子サッカーが当たり前というか、女の子がサッカーやってもおかしくないような時代になってきて、女子サッカーが夢のあるもの、かっこいいものっていうのを見せ続けていかなくちゃいけないし、女の子がサッカーをする環境は大人が用意しないといけないなって思っています。サッカーをやっていたら、かっこいい世界があるとか、サッカー選手になれなくても応援したくなる世界がここにあるっていうのを子どもたちのためにも作っていきたいし、そういう活動をしたいなって思っています。
海堀たしかに、以前ハワイでサッカーイベントをさせてもらった際に、参加者の半分以上が女の子だったことだったり、ミスをしても全く気にせずに堂々とプレーしていることに、とても驚きました。ほかにも男の子が女子チームのユニフォームを着て応援している姿も見て、文化や生活として根付いていることを感じました。今後の女子サッカーを考えるうえで、選手としてプレーすることだけに留まらず、応援したり、関連する職業もすべて含めて、夢を持てる女子サッカーへと成長させていきたいです。WEリーグには「一人ひとりが輝き、誰もが主人公になる」ということが理念に含まれているので、仲間を増やしながら、そういった世界を作っていきたいですね。子どもたちにも、やりたいことをやりたいだけ、思い切り頑張ったら未来に繋がっているということも伝えたいですね。